9月7日発売の『AERA』2026年9月14日号(No.41)に、私の取材記事が掲載されました。
タイトルは「やさしくなりたい」。特集「不登校」の中で、私の話には「中学受験後のスクールカーストで娘の心が限界に」という見出しがついています。同じ内容は、AERA dot(AERA with Kids+)でも読むことができます。
家族のことを公の場で話すのは、正直に言えば迷いました。誌面には書ききれなかったことを、ここに残しておきます。
なぜ、話すことにしたのか
人生には、一瞬にして分かれ目があります。運よく命をつなぐこともあれば、そうでないこともある。その分かれ目で支えになるのは、どんなに細くても、誰かとつながっていることだと私は思っています。
それが親子なら、親とどのようにつながっているか。とくに母親との関係は、その人の人生そのものを左右します。
私たち家族は、そのギリギリのところを通りました。だからこそ、この経験を話すことで誰かの救いになるのなら、と考えて取材をお受けしました。
「明日、学校休んでいい?」に、私は間違えました
10年以上前のことです。次女は中学1年生でした。中学受験をがんばって、本人が行きたかった学校に合格し、入学してからは楽しそうに通っていました。
夏休みの最後の日、次女が言いました。「明日、学校休んでいい?」
私は、宿題が終わっていないからだと思いました。だから「宿題やりなさいって言ったでしょう」と責め、「明日は学校に行きなさい」と言いました。次女は下を向いて、自分の部屋に入っていきました。
私はそのとき、すでにカウンセリングを学んでいた人間です。長男の反抗期に、担任の先生から「変わるのはお母さんです」と言われて心理学を学び始め、「子どもの話を最後まで聞く」ことを身につけたつもりでいました。それでも、間違えたのです。
心配だからこそ、つい注意してしまう。私は、いつもそうでした。けれど注意される側にとって、それはきついのです。「わかってもらえない」「理解されない」。心配が注意という形で出たとき、子どもには心配としてではなく、責められたと届いてしまう。
次女に何が起きていたか
翌日、次女はいつも通り学校に行きました。でも夕方になっても帰ってきません。背筋が凍るような不安に襲われて、最寄り駅まで迎えに行きました。
改札に向かってとぼとぼ歩いてきた次女は、私を見つけた瞬間、「ママー」と声を上げて泣き出しました。命を絶つことを考えるほど、追いつめられていたのです。
話を聞くと、1学期のうちに、あるクラスメートの提案でクラスの中に順位のようなものがつくられていました。下のほうにいる子は無視されたり、休み時間に使い走りをさせられたりする。次女は最初は上のほうにいたそうですが、「そういうのはやめよう」と言った瞬間から下に落とされ、メッセージアプリのグループでも無視され続けていました。
私は次女に言いました。「学校に行かなくていいよ。家にいよう」
教室に「自分の席」がないということ
人には「どこかに所属していたい」という欲求があります。心理学では「所属の欲求」と呼ばれ、食べることや眠ることの次に大切な、とても基本的な欲求だとされています。
たとえるなら、椅子取りゲームです。音楽が止まった瞬間に座れなかった子は、次の曲が始まってもずっと立ったまま。教室にいるのに、教室に自分の席がない。それがどれほど消耗することか、大人になった私たちは忘れがちです。
「学校に行きたくない」は、わがままでも、逃げでもありません。座る場所のない部屋に、毎朝入っていくことに、心が耐えられなくなっただけなのです。
何も正さず、普通の時間を過ごしました
学校とは何度も話し合いましたが、別室登校の許可が出ただけでした。夫婦で話し合い、次女の希望も聞いて、近所の公立中学に転校しました。
転校しても、毎日通えるようになるまでには2年ほどかかりました。その間、私たちは何も正しませんでした。一緒にごはんを食べる。家族で話す。映画を観に行き、カラオケにも行きました。特別なことは何もしていません。ただ、普通の時間を過ごしただけです。
それは、誰かにばかにされたり、いじめられたりする時間ではありませんでした。家の中に、そういう時間が一日ずつ積み重なっていきました。
そのうち、次女が家族に食事を作ってくれるようになりました。きょうだいが「めちゃくちゃ美味しい」と褒める。次女の顔が少しずつ変わっていきました。回復してくると、自分から前向きに対処しようとする考えが芽生えてきます。それは、私たちが教えたものではなく、次女の中から出てきたものでした。
たとえるなら、鉢植えの土を替えるようなものです。しおれた葉を引っぱっても、植物は元気になりません。土を替え、日の当たる場所に置いて、待つ。家族カウンセリングで「家庭を安全基地にする」というのは、こういうことです。子どもを直そうとするのではなく、子どもが根を張る場所を変える。
娘を踏みとどまらせたもの
後日、次女が話してくれました。あのとき、一歩を踏み出そうとした瞬間に、私の顔が頭に浮かんだのだと。「ママの顔が浮かばなかったら、今につながっていなかったかもしれない」と。
日ごろから「大好き」と抱きしめたり、「あなたがいてくれて幸せ」と言ったりしていました。それが伝わっていたことが、最後の細い糸になりました。
そして大人になってから、もう一つ言ってくれました。「あのときママが『家にいなよ』って言ってくれたから、生きようと思えた」
私が間違えた翌日に言えた、たった一言です。前の日に言えていれば、と今でも思います。
「やさしくなりたい」は、今も思い続けていること
記事のタイトルになった「やさしくなりたい」は、あの頃だけの言葉ではありません。今も、いつも思っていることです。そして、それが一番むずかしいことも、今もそのままです。
やさしくなる、というのは、甘やかすことではありません。心配な気持ちは消えなくていい。気持ちはそのままにして、口から出す言葉だけを選ぶ。それだけのことが、当時の私にはできませんでした。
今、同じ朝を迎えているあなたへ
親御さんに知っておいてほしいのは、”その予兆”は見えにくい、ということです。うちの次女も、前の日まで楽しそうに通っていました。子どもが学校に通えば、家庭の外に人間関係ができます。傷つけられることもある。誰の子にも起こりうることです。
だから、日ごろから子どもの気持ちを受け止める準備をしておいてください。とっさのときに対応を誤らないために。
あなたのせいではありません。そして、お子さんのせいでもありません。
どんなに細くてもいい。お子さんとつながっている糸を、切らないでください。注意の言葉が出そうになったら、代わりに一緒にごはんを食べてください。それだけで、今日の糸はつながります。
そして、一人で抱えないでください。この記事を読み終えたら、誰か一人に「うちの子、学校に行けていないの」と話してみてください。話すだけで、家族の中の空気は少し変わります。
つらいときは、ここに電話してください
- 24時間子供SOSダイヤル 0120-0-78310(24時間・年中無休)
- チャイルドライン 0120-99-7777(18歳までの方・毎日16〜21時)
- こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556
お子さんご本人が電話してもいいし、親御さんがかけてもかまいません。
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学校・PTA・自治体での講演では、この記事に書いたことを、もう少し時間をかけてお話ししています。「保護者に何を伝えたらいいか分からない」という先生方からのご相談も増えています。
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